エゴについて・パートⅡ

ずっと前にエゴについてって記事を書いたけど、

エゴは自分を守るための保険だと気付いたら・・・

ビックリするほど保険かけちゃってる自分にも気付いた!

実際の生命保険なんかもそうだけど、保険て、かけ過ぎると

実際の生活費まで圧迫してしまって、生活が苦しくなってしまう。

これじゃあ元も子もないわけなんだけど・・・

まさに、これとおんなじことをエゴはしてしまう。

 
例えば。
最近ある試験を受けたけど、イマイチ出来がよくなかった。
そこでエゴはささやく。
これは落ちるかも・・・。落ちるだろうなあ。ああ、落ちる!!
落ちた!
でも実際の心の中は、受かることを願っている。

でも、落ちる、落ちる、と思っていて実際に落ちたら、

「ああ、やっぱり落ちた」と少しだけクッションが出来ている。

しかし、受かる!受かりたい!!絶対に受かった!!

と思っていたのに実際には落ちてしまったとき、

クッションが無かったのでものすごく痛い。つらい。悲しい。落ち込む。

実際に起きている出来事は同じなのに、受け止め方が違ってくる。


ちょっと軽い例えだったけど、
こんな感じで、エゴは私に服を着せる。コートを着せる。
しまいには、鎧まで着せてしまう。

常に鎧を着てるから、ケガはしないけど、重くて生活しずらいよね?(^_^;)

普段の生活に、鎧が必要な人なんてそうはいない。

それなのに、普段から鎧を着ちゃってるんだから、息苦しくて仕方ない・・・。

でも、これがエゴの「過剰反応」で、

小さなうち(服)に気付いていれば、いや今日はコートはいらないでしょう、

と脱ぎ捨てることも出来るのに、どんどんエサ(反応、他人の関心など)を
与えちゃうもんだから、どんどん肥え太ってしまって、
しまいには鎧まで着込むようになってしまう・・・・というわけ。

だから早いうちにこれはエゴの声だ!と気付くこと。
エゴは平気でウソをつく。ウソの声に騙されないこと!

でも服を着ていないと、本当に転んでしまったときに大けがしちゃう。

だからジーンズくらいはいてるのは、いいと思うんだけど・・・

大けがしちゃうのも、いいのかもなあ?
大怪我しちゃって、そんな自分を受け入れて、しばらくうずくまって、
まただんだん立ちあがればいいのかなあ?

エゴには、今まで私を守ってくれてありがとう!

だけど私はもう大丈夫だから!と言ってサヨナラしよう。

(ここはセドナメゾットを使うといいかも!)

 

私は6年くらい前、地獄のような苦しみの真っただ中(元夫のDV)にいて、
あるヒーラーにずっとヒーリングを受けていた。
ヒーラーはいつもまさにこのことを私に促していたけれど、
苦しみの真っただ中にいた私にはどうにも届いていなかったようだ。
でも今、その時の言葉達がやっとのことで私の中で腑に落ちてきている。

何度も書いてるけど、やっぱり実践あるのみ!