その痛みをも愛する

あるお誘いをしていて、あまりにもたくさんの人に断られて
「いたたたたた・・・・」となってしまった(>_<)
まあ最近は「いつも通り」(?)結果的に最高のメンバーになるので
最終的には宇宙におまかせして、実際にそうなったのだけれど、
あまりにもたくさん断られたので傷が残ってしまった。

断られるって、結構痛い。
だけどいちいち傷付いていたのでは先に進めないし、
相手にも気を遣わせるので痛くないふりをしていたんだなあ…
と気付いて、その痛みをじっと感じてみた。

断られると、胃のあたりが重苦しくなる。
更に、無視されると、胸のあたりに鳥肌が立ったような感覚になり、
肩甲骨のあたりがザワザワとする。
あー、ハッキリ断られた方がダメージが小さく、
誘いを無視される方がダメージが大きいんだなあ…と感じた。

その痛みをじっと感じていると、「こんな感情もあるんだなあ…」
と愛おしくなってきて、痛みもを愛する、という言葉の意味が
ようやく体感できた気がした。
逃げずに感じていると、その痛みに出会えたことに感謝がわいてきた。
感謝できたら、もう痛みは痛みではない。

そして、アドラー心理学でいう「課題の分離」がようやっと理解できるようになってきた。
自分の人生に起きるすべてのことは自分で責任を取る。ということも…。

今まで私は人一倍本を読んできたと思うけど、その知識が
どんどん腑に落ちてきている。
あんなにわからなかったことが、今はわかる・・・

令和はそういう時代なのだろうか。
やたら虹の架け橋を見るのは、神の祝福だと思っていいのかな。