楽~になる生き方

楽~に、心地よく生きていこう

嫌な人を消す方法

…という動画を見たので、自分用メモ📝

 

①まずは紙とペンを用意。

その人で起こった嫌なことを思い出しながら紙にぐるぐると書き殴る。終わったら燃やすか、水に溶ける紙にして水に流す。全ての過程を長くても15分以内にすること。

②自分自身に、胸に手を当てて次の言葉を言ってあげる

「私はあなたの存在を認めていませんでした。ごめんなさい。あなたの存在に感謝します。ありがとうございます。」

③同じ言葉を、対象の人に向けて言う。感情はこもってなくて良い。

 

慈悲の瞑想(プラクティス版)

検索してもプラクティス版は出てこなかったので、

自分用にここに貼っておく。

 

慈悲のプラクティス

この人は、心と体を持っています。わたしと同じです。
気持ちや感情、考えもあります。わたしと同じです。
悲しんだり、がっかりしたり、怒ったり、混乱したりすることがあります。

わたしと同じです
人生で肉体的、心理的な苦しみを経験しています。わたしと同じです
人生で喜び、幸せ、愛を経験しています。わたしと同じです
この人は、幸せになりたいと思っています。わたしと同じです。
この人が幸せでありますように

最後から二番目の親友のはなし②

capibaratwo-white.hateblo.jp

のつづき、、、

 

私が友達になる人はみんな「面白い」人だった

面白い人がとにかく好きなのだ

 

あとは「とにかく明るい人」

根暗な私には太陽のような存在だ

 

その友人もその通り とにかく明るく 面白い人だった

 

しかし何故私をバカにするようになってしまったのだろう?

 

私の悩みに一緒に涙してくれた友はどこへ行ってしまったのだろう?

私の話を聞くたびに「バカみたい」としか言わなくなってしまった

完全に、道が分かれたとしか言いようがない・・・

 

実際、同じところ(離婚してひとり親になる)からスタートした私たちの道は

どんどん違っていったのだから、仕方のないことだったのかもしれない

私は上場企業に就職することができたのに彼女は派遣切りにあっていたし

同じひとり親限定のスクール(勉強しながらお金がもらえる)を受験しても

私だけ受かってしまったり 本当に微妙だけど経済的格差が生まれてしまった

 

一緒にスクールから通い始めたゴルフも、私は会社の人とどんどん行くようになり

彼女は誘っても来なくなった

 

合コンは私だけ誘われなくなった(なんで?w)

 

道がどんどん離れていくと 話も合わなくなり ますます会うことも減っていった

 

最後にあったのは彼女の友達と3人での飲み会

そのお友達があまりにも人に合わせるのが上手な人で、しかもかわいかったので

お互いに褒めあってたらやはり彼女は「バカみたい~お互いにカワイイカワイイって」と冷笑した

その日はなんとか楽しく過ごしたけど、それ以来一度も会っていないし連絡もお互いに取らなくなった

私が遠くに引っ越したことも きっと人伝に聞いたことだろう

 

小さな町にお互い幼い頃から暮らしていたから、共通の知人は多かった

そのいろんな人に本当によく言われた「なんで仲いいの?申し訳ないけど、全然違うのに。相応しくないというか」

私は彼女が底抜けに明るくて面白くて何か聞くと私の考えもしない視点から答えてくれるところがとても好きだった

全然違うから 面白くて好きだった

だけど嫌われてしまったのは、

 

capibaratwo-white.hateblo.jp

 

これだったのかなあ・・・と今では思う。

イヤ、私が本当に「バカみたい」だからかもしれないけどね

「バカみたい」って なかなか面と向かって言わないセリフだよね

いまだに思い出すと胸がムズムズする

 

お互いに必要だった時期に お互いを支えあえたことに感謝して

お別れを言おう

 

あの頃 友達でいてくれて ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

最後から二番目の親友のはなし①

「最後から二番目の恋」にならって(?)

死ぬまでにもう一人くらいは親友が現れると信じて、

最後から二番目の親友だった友の話をしようと思う

 

彼女は最初はたくさんいるママ友の1人だった

育児サークルや幼稚園で出会って仲良くなったママ友は何十人もいた、

その中の1人だった

何故、親友と呼べるまで仲良くなったのかというと

ほぼ同時くらいに離婚が成立したから。

彼女は旦那さんの浮気で。私はDVで。

お互いの悩みや目的が近かったこと、

専業主婦のママ友仲間から離れて働き出したことで

2人だけで飲みに行ったりすることが増え、

ついでに趣味も同じだったのでどんどん仲良くなっていった

 

最初の数年は本当にたくさんの時間を共有した

悩みも打ち明けあったし 一緒に泣いたり笑ったり

子どもたちも一緒にあちこち出かけたし・・・

 

最初の亀裂はその子どもたちが仲良くなれなかったことかな

小さい頃は同じ幼稚園だったこともあり仲良くしてたけど

大きくなるにつれ、クラスもグループも違くなってくると一緒に遊ばせるのが難しくなってきた

ママ友ってやつは、子どもが一緒にいないと成立しないのだ!

そこで離れていったママ友は山ほどいる

 

しかし私たちは二人でもたくさん出かけたし

飲みにも行ったし 合コンしたりもしたw

今思えば、この合コンが二つ目の亀裂だったのかもしれない

その頃から、彼女の口から「バカみたい~」という言葉が頻繁に出るようになった

 

私が何か言うといちいち「バカみたい~」と言うようになったのだ

申し訳ないけど、私はバカじゃない(と思っている)。

多分誰が見ても私のほうが彼女より優れていた

彼女はすごく太っていたしハッキリいうとブスだし

仕事も安静していなかったし

確かに私より若くて背が高くて運動神経がいいけど

一体何を根拠に私をバカにしてくるのか、それがだんだんとストレスになっていき

会う回数がどんどん減っていった

 

よく、他のママ友達から「あなたたちがどうして仲良くしているのかわからない」と言われた。

「あまりにも違い過ぎる」と・・・

実はこのセリフは私はよく言われる。元夫を知る人からもよく言われた。

「どうしてあの人と結婚したのかわからない」と。

元夫も太っていて醜かったw

20代の頃の親友も全く同じ。。。

アレ?どうして私は「デブでブス」といつも仲良くなってしまうのだろう?

 

瘦せていて綺麗で頭のいい友達だってたくさんいた。

そういう友達はみな転勤とか引っ越しで遠くへ行ってしまった。

 

1000文字を超えてしまったので、

次へつづく・・・

 

 

 

おしゃべりな人が本当に苦手

ものすごく喋る人が一定数いる。

とにかくずーっと喋ってる、相手の話など一切聞かずずーっとひとりで喋りまくる。

驚いたことに、本人は「私はコミュ力が高い」と思っているのだ!

本当にコミュ力が高い人というのはきちんと人の話も聞けるし、間も空気も読めるし、その場にいる全員に話が振れる人のことだと思う。

こういう人は相手が話さないから私が1人で話さなきゃいけなくて大変…などというのだ!(驚)

澱み無く話せるからコミュ力が高いって勘違いしてるみたいだけど、聞いてる方の気持ちを考えたことはないのだろうな…

こういう人と会った後は、グッタリと疲れてしまう。

楽しかった!とは全く思えない。

ひとりでベラベラベラベラベラベラベラベラしゃべりまくって、面白い話を聞かせてやったと思ってるなんて、本当に呆れちゃう。

最近何故かこういう人に何人も出会った。

全員私より年上の中年女性。

本当に人の話なんか一切聞かず、周りの空気も読まず、ひたすらしゃべりまくっていた。

エネルギーヴァンパイアだ。

本当に本気でこういうふうにならないように気をつけようと思う今日この頃である。

 

 

そんなのカンケーねぇ〜な私の生き方

自由に生きていると何故か批判を浴びることがある

というか結構否定されながら生きてきた

でも一体誰のために生きているの?

その人を納得させるために生きているわけじゃない

大手企業を辞めた時も 引っ越しを決めた時も

ものすごく反対されたし バカだって言われた

私だって、沢山の不安にかられて生きているのだけれど

細々と生きれば何とか老後も暮らしていけるかも

でも明日生きているかどうかもわからないのに

今日やりたいことを我慢して

あるかどうかも分からない何十年後に備えるなんて…

まるでアリとキリギリス

童話でも、備えたアリが正解で 遊んで暮らしてたキリギリスが愚の骨頂みたいに描かれてるけれど…

私はキリギリスでいい

春夏秋と命を尊び冬が来たら滅びゆく

馬鹿だねって笑えばいい

きっと私の死に顔は笑っている

 

 

 

 

 

喜びを抑圧していた

感情を抑圧して出さないようにしているとある日限界が来て身体に影響が出るという。

 

怒りならば腰痛に、恐怖は腸に、悲しみは胸に…といったように。

 

ならば、喜びは?

 

喜びを抑圧してきたら、どこに現れるのだろう?

 

私は小さいころに兄姉に「はしゃぐな!!」とよく怒られた。

姉と兄とは8才と4才離れていたので、小さな私がはしゃぐのが煩かったのだろう。

はしゃぐと怒られるので、私はいつしかどんなに楽しくても面白くてもそれを表現できなくなっていった。

いまだに、はしゃぐ若者を見るとイライラしてしまうのは自分がそれを許されなかったからだろう。

 

いわゆる「箸が転がっても笑う年頃」の私も、いつも冷静だった。

友達がコロコロと笑うその姿を冷めた目で見ていた。(嫌なヤツ…w)

 

本当は私だって、大はしゃぎしたかったのだ。

楽しく笑っていたかった。

嬉しいことがあったら飛んだり跳ねたりして喜びたかった。。。

 

でもこんな感情があったことすら忘れていた。

長い間押し込んできたから…。

 

「冷静な人」という評価を受けたことがある。

私はいつも冷ややかな目で周りを観察しているからだろう。

だけど本当の私は、楽しい輪の中に入りたかったのだ。いつだって…。