楽~になる生き方

楽~に、心地よく生きていこう

私は母性でできている(?)

何だか知らないけど、やたら人が愛おしい。

愛おしくて仕方ない。

この気持ちを言い表すとしたら、母性としか言いようがない感情。

 

自分が小さくてかわいい存在だなあ…と、籠の中のハムスターを見るような視点で見れるようになってから、他人も、何となくそんな視点で見れるようになってきて、小さくて何もできない存在達ががんばって色々しているって思うと、もう愛おしくて仕方がない。

これはもはや母性としか言えないでしょ?

みんな私が産んだんじゃないのか?と思える。ヤバ。

もちろん最高に調子がいい時の話ですよ!

普通にイライラもしちゃうしキモッとかも思うよ( ̄∇ ̄:)

でも突然、全員我が子じゃないのかって思える時がある…これが創造主の視点なのかなあ?

 

母性本能で一杯になる時はもれなく波動が上がってるよね。

俯瞰してみる。

悪人と言われる人にもそうなった理由や歴史があるとわかる。

光を当てる。

みんなみんな私が産んだかわいい子ども…

愛する子どもたちよ。

生きろ!生きろ!今をせいいっぱい生きろ!!と応援したくなる。

 

すごい年上の人だとしても、前世で息子だったんじゃないかとか思うと

急に愛おしく思えてくるから、是非やってみて欲しい(^_^;)

究極に波動が上がる気がするから。

 

シワシワで白髪のおじいちゃんが杖をついて歩いている。

もしそれが前世で息子だったとして、自分は若くして亡くなり、

その後生まれ変わったけど、自分よりずっと年上の息子を見て

ああがんばって生きてきたんだなあ・・・

孤独に耐え、ストレスに耐え、緊張に耐え、いろんなことに耐えて

沢山の人に支えられながら それでも一人で歯を食いしばって生きてきたんだろうなあ…

とか想像すると、マジ、泣けてくる!(^_^;)

クソジジイも、愛おしく思えてくるからホント不思議~。

 

許せない人にも歴史があり、必死で生きてきた。

みんな必死だった。

そういう時代だった。

ポテトサラダくらい自分で作れ!と若いお母さんを罵った老害ジジイも、

亡くしたお母さんのポテトサラダの味が懐かしくて仕方がなかったのかもしれない。

もう二度と食べられないし、再現できない味なんだもの・・・

お母さんが懐かしくて恋しくて、うらやましくて、そんなことを言ってしまったんだよ。

そう思うと、なんか抱きしめたくなるって(>_<)

人に歴史あり。

言葉には表があり、裏がある。

深いところまで、勝手な想像でいいんだよ!勝手に想像するの。こうなんじゃないかって。

自分を決して責めずに、相手も責めずに、ただ、物語を作って受け入れてみる。

すると不思議に腹が立たなくなってくる。

 

前世で死に別れた子どもだと思ってみて。

許せない人も、許せないままに、抱きしめたくなるから。

 

 ・・・って言ってるそばからムチャぶりしてきた上司に超ムカついた私は

やはり母性ではなく煩悩でできていた!(^_^;)